野球部トピックス

▽OBの皆様の近況をお伝えする「各期リポートの輪」Vol.3をお届け致します。第3回は高校50期・安藤正さんです。安藤さんは昨年の第98回関東明陵同窓会の当番幹事長を務められました。

◎第3回-高校50期・安藤正◎

皆様
はじめまして。高校50期の安藤正と申します。
昨年第98回関東明陵同窓会にて当番幹事長を務めさせて頂きました。
皆様には多大なご協力を頂きまして、誠にありがとうございました。

私達、野球部50期生は総数14名、マネージャー合わせて16名で活動して参りました。私達の代は、小倉高校に古くからあります野球部特権の“スペシャル推薦枠”を存分に駆使し、市内の中学校は勿論、他県の中学校で活躍している人材も寄せ集めた精鋭が集まり、多くの先輩から甲子園出場に向けて沢山の期待を頂いた代であったと記憶しております。私達の中には、高校入学当初から既にレギュラーとして活躍する者もいれば、私の様になかなか試合に出られない者もいるなど、競争の絶えない厳しい環境ではありましたが、互いを尊重し合い、時間がある時はいつも部室で皆が馬鹿話をしているという、笑いの絶えないチームでした。そうして時を経るなかで、互いにライバル同士であった関係が、いつしか“同じ釜の飯を食った同士”という大きな絆に変わり、自然と「こいつらとずっと野球がしたい」という思いが強くなっていきました。ですので、最後の夏の予選県大会(ベスト16)で柳川高校に負けた時は、甲子園の夢が断たれた悔しさもありましたが、このメンバーで過ごす高校野球人生が終わってしまった悲しみが大きく、泣きじゃくった事を、今でも強く覚えています。

あれから16年が経ち、皆がそれぞれの道を歩み、家族を持つ人間も増え自由な時間も少なくなりましたが、それでも小倉に帰省した際は多くのメンバーが集まります。集まった時の会話は殆どが過去の思い出話ばかりで、いつも同じ話でよく飽きないなと我ながら思います。でも彼らと過ごすこの時間が、雑多な現在から離れ、過去を懐かしみ、自分が本来どういう人間であったかを思い出す時間であり、私達に取ってはかけがえの無い心の拠り所なのだと感じます。

~現在、現役で活躍する野球部諸君へ~
過去を振り返ると、高校生時代にやり残した事が沢山ありますが、先輩として一つだけ伝えたい事があるとすれば、是非、今の野球部メンバー、同期・先輩・後輩と過ごす時間を大切にして欲しい、という事です。上述した“同じ釜の飯を食う”という体験は、高校卒業以降はなかなかできるものではありません。高校時代に築いた絆が、今後の自分の人生を豊かにする大きな財産になると私は信じています。是非、“同じ釜の飯を食う同士”とともに精一杯、今を生き抜いて下さい。

▽OBの皆様の近況をお伝えする「各期リポートの輪」Vol.2をお届け致します。第2回は高校42期・岡崎義一さんです。岡崎さんは小倉高校野球部100年史『倉高野球100年の軌跡』の表紙デザインを手がけました。

◎第2回高校42期・岡崎義一◎

こんにちは、高校42期の岡﨑義一です。我々42期は江河大輔、佐藤憲一、末次健児、中山肇、廣門直樹、宮崎崇、山崎浩が九州、石丸和成、塩崎健が関西、木村健一郎、長島史晃が中部、宇高祐介、岡﨑、北川哲也、瀬藤徹、松本浩之が関東、實松力、畠中裕史が海外、池田尚史は実家が小倉など、それぞれ多分元気にやっています。新企画初回の安部先輩方から約十年後の世代で、学校創立80周年の節目に現役を担ったのでした。だけれども、倉校野球ファンの”甲子園出場”と云う期待とは裏腹に、野球部で部活動をする動機としては全部員がそれ一色ではなかったようです。当然と云えば当然ですね、公立高校の部活動ですからね。野球の指導や部の運営には文句が多かったですね。でも当時は部員として主将として色々と思ったものでした。野球なめてんのか!って。別になめてる訳ではないんでしょうけど(笑)。それぞれ頑張ってたと思います。一つ下の後輩にも厳しかったです。今でも怖いと思われているようですが、それだけでもないようです。人が震えてるのを見て、自分が怖くなったことを今でも覚えていますね。

小学生から始めた野球を面白いと思うようになったのはボーイズリーグ6年生の時にある試合で負けた頃から。全国制覇したチームがあって、ものすごい球投げるピッチャーがいて、それを打つために死に物狂いで自主トレしたり、チームの奴らと集まって練習したり、それで、打てたんだよねそのピッチャーから、レフト線に完璧に。でもね、三塁でタッチアウト。泣いたね、その場で。で負けた。それから中学時代に山下新一監督(高18期)に指導を受けることができて夢中になれたんです。自分が少しずつうまくなることを経験させてもらえたんですね、目線を同じにしてくれてたっていうか。下手クソでしたからね。考えてやることも教え込まれましたね、変な子供扱いは無いんです。それで中3の時、小学生で負けたあのチームに勝つんだよね、めちゃくちゃうれしかったですね。で、全国大会に連れて行ってもらいました。すぐ負けちゃいましたけど。力の違いを痛感しましたね。(春大阪での大会だったんで甲子園観戦に連れて行ってもらいました、デカかったですね。)でも残念なことに倉校の野球部ではそんな経験はできなかったですね。喧嘩はしたけど最後の試合で負けても涙は出ませんでした。負けたのは柳川高校なんです。やはりと云うか、ここには小学生からの因縁のあのチームのプレーヤーが多くいて、中学の時に一緒にプレーしたキャプテンもいたんですね。柳川も途中で負けちゃうんだけど、しばらくして、こいつが家にふらっと遊びに来たことがあったんです、家に帰ったらそいつが座ってって、少し話して帰っちゃいましたけど。そんなことそれまでなかったんでうれしかったですね。ちょっと話はそれますが、中学校入学時に新任教師で福嶋先生がいらっしゃいまして、2年生の時の担任でした。福嶋先生は安部さんの代の応援団長だった方です。当時の思い出話や、体育祭で応援の仕方を教えてくれたりしました。思い出話は誇らしそうで、エールはちょっともったいなさそうに披露してくれました、大切にしてるんだなって。高校夏を終えて野球はやめました。肩を壊してましたし(このことでは毎日母親に世話をしてもらいました、ありがとうございます)。でも大学の野球部は見学しましたよ、どんな処だろうって。大学でも野球をやっていた多くの先輩が練習を見に来てくれましたしね、高36期の松川さんや高37期の竹之内さん、井生さん、高38期の遠入さん、愛甲さん、五木さん、他にももっといらっしゃったと思いますが。見学では全国のいろんな高校のプレーヤーとも話ができましたね。その時遠入さんがその野球部にいて、肉食いに連れて行ってもらいましたね。

グラフィックデザインへ来ました。何故かって?、色弱だからかな。はじめからダメだ無理だということやってみたかったんです。嘘です、カッコよさそうだったからです。いやいや、野球やスポーツ、倉校的な環境や価値観から離れてたくなったんです。受験はしましたが、結局学校へは行きませんでした。”きれい”なんて思うのが恥ずかしくなってるところからの出発。23歳の時に独立しました。やれてるかどうか?わかりません。ただ国際的に重要とされる賞を幾つかもらい、幾つかのミュージアムで作品がパーマネントコレクションになり、ワークショップの国際講師を経験したり、倉高野球100年の奇跡じゃなくて軌跡の表紙をデザインしました。ワルシャワで金賞をもらった時には頭の中が真っ白になりましたね。倉高や野球部OBの方とも仕事をしますよ。
『倉高野球100年の軌跡』の表紙の意味ですか?そんなこと聞きたい人いるんですか?そう、いらっしゃる、なるほど。秘すれば花って云いますけどね?。あれを見て「これはミットの中のボールでしょう」や「バットで打ってるボールでしょう」や「ボールが汚れてるのがいいね」などと言われる方がありますが、どれも正解です。だってあれは「ボールを見つめる瞳に映るボール」だからです。ある学問では「違いを生む違い」って云ったりするんですって。どうしてそんな方法をとったかって?。多分、「精神」みたいなものを表したかったからですかね。伝統は精神から生まれるなんて云うじゃありませんか。でも、一般的に云われるスポ根精神論じゃありませんけど。「野球」の思い描き方や感じ方は人それぞれでしょ?。見る人の心は攫みたいけれど縛りたくない。それから、それぞれの野球がいつまでも、野球そのものがいつまでも、と云う思いを表現したかったからです、イズムでは無く。何?余計わからなくなった?だからやめとけばいいって言ったのに、だいたい説明してるこっちだって怪しいんだから。こう云うのってつくった後で考えるんですよ、一体なんなのだろう?ってね。

現役の部員へ何か一言?大いに野球で「勝った」「負けた」を嘗め尽くして欲しいですね。”fair is foul, and foul is fair” では野球の試合になりませんか?。。。
関東拠点の方々とはたまに会ってます。関東明陵にも時々顔を出してます。

―故山根公雄氏(高11期)へ捧ぐ―

バトンタッチは、昨年の関東明陵同窓会当番幹事代表を務められた安藤正さん(高校50期)にお願いしたいと思います。

▽小倉高校31期・西村忠さん(毘沙門塾・塾長)が昭和53年、小倉高校が春のセンバツ甲子園に出場した際に汲泉部員として撮影した写真を映像作品にまとめてくれました。作品は開会式、応援風景、宿舎での選手の様子など非常に貴重なものになっています。

★1978・第50回選抜甲子園大会~小倉高校出場★ .

1978年の第50回選抜甲子園大会に小倉高校が出場しました。小倉高校31期、32­期生を中心とした野球部はエース大石君の力投とチームワークで、一回戦で東京の帝京高­校と対戦し、3対0で完封勝ちしました。第二回戦は和歌山県の箕島高校と対戦し、1対­4で惜しくも敗れました。本年は小倉高校大先輩の夏の甲子園で初の二連覇を成し遂げた­福嶋一雄氏が野球殿堂入りしたこともあり、倉高健児の更なる奮励を期待してこのスライ­ドショーを掲載いたします。(西村忠)

▽2013年も一ヶ月が過ぎました。OBの皆様の近況をお伝えする「各期リポートの輪」をお届け致します。第1回は昭和53年春のセンバツ甲子園に出場した高校31期・安部嘉弘さんです。

◎第1回高校31期・安部嘉弘◎

皆様 はじめまして。関東愛宕クラブ会長を拝命いたしました、高校31期の安部嘉弘と申します。高校31期の主将をやらせて頂きました。大学から現在に至るまでずっと東京暮らしです。
我々31期は幸運にも選抜甲子園に出場することが出来ました。当時は31期7名、32期7名の14人の部員しかいませんでした。当然普通では、紅白戦も出来ないのですが、そこは伝統の力、多くのOB(大学生を含む)が毎日練習に来て下さり、お手伝いをしていただき不自由なく練習が出来た事を記憶しています。
私と同期の他の6人は投手の大石浩正君、内野手の国宗篤君、江上誠君は現在関東在住、外野手の今村浩史君は三重県四日市に勤務、外野手の中島健君は熊本で歯科医を、外野手の小野田君が唯一地元小倉在住で小倉高校野球部の情報発信をしてくれています。東京では3カ月に1回のペースで、野球部以外の東京在住の同級生も集まり、楽しい会を催しています。遠く離れてはいても、常に話題になるのは現在の野球部の現況です。
我々の時代と違い、高校野球のレベルがあがり、又周辺の私立高校がスカウティングに力を入れる中、県立の雄である母校が勝ち進む事は並大抵の努力ではないと思います。しかし、現野球部を無条件に応援することが我々の役目であると皆強く認識しています。
頑張れ!小倉高校野球部。

バトンタッチは、関東愛宕クラブ副会長の岡崎義一さん(42期/主将)にお願いしたいと思います。

◎後輩たちへ…高校31期・安部嘉弘◎

「小倉高校…最後に甲子園に行った代の主将として」

甲子園の開会式は5万8千人の超満員。ライト側ブルペンに出場する32校が待機し、北から順番に行進する。旗を持ってグランドを半周、しかしあまりにも緊張していて覚えていない。その後32チームの主将はバックスクリーン前に集合、大会旗などを掲揚したが、これまた全く記憶にない。それくらい緊張する場所に立てた事を後でVTRで見て懐かしく、そしてありがたく思う。
初戦の帝京高校との試合も、初めて打席に立った時、投手が目の前にいる感じで、くそボールを振って三振。第3打席に少し落ち着いてヒットが出たが、とても平常心でプレー出来なかった。ただ、校歌だけは鮮明に覚えている。♪「大空ひたす玄海の…」大観衆の前で校歌を歌えたのだから。
2回戦の対箕島高校戦は落ち着いてプレー出来た。ただ、ひょっとしたら勝てたかもと思った心の隙を試合巧者の箕島に衝かれた。
我々の頃と比較して、高校野球のレベルが格段に上がり、甲子園出場も難しいとは思うが、努力は決して裏切らない。君たちの夢の実現を、皆でバックアップする。甲子園を君たちの手で掴んで欲しい。

★センバツ高校球児の闘魂「ガッツ青春」(1973.3放送/RKB)★

★第50回選抜高校野球大会 小倉3-0帝京(1978.3.30)★

▽2012年1月4日(土)…倉高野球部が始動しました。

あけましておめでとうございます!!
倉高野球部マネージャーの岩切です☆

倉高野球部は1月4日に練習を開始しました。

まず、アップをかねて到津神社までランニングで行きました。全員並んで初詣です(*^^) 今年の必勝を祈りました!

北九州では珍しい雪が降るくらい寒かったので、学校に戻ってからはいつもより多めのダッシュで体を温めました。

そしてキャッチボールやトスを終えたあと、内外野に分かれてティー、素振り、トレーニングのメニューをこなしました

みんな新年を迎えて気合いたっぷりでした☆

この冬の練習が夏の大会に向けて、とても大事になってくるので、部員一同精一杯頑張っています。どうか暖かい声援をよろしくお願いします(^ω^)

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小倉高校野球部OB会
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